top of page

寒さ、細胞、そして健康寿命

  • 5 日前
  • 読了時間: 8分

更新日:4 日前

寒冷刺激の科学から考える、年齢の重ね方

TA MEDICAL NAD+リサーチ — Vol.04 ・ 約6分で読めます 

左=冬の湖での氷水浴。 右=比叡山に伝わる天台宗の水行。


人が自分から冷たい水に入る習慣は、ずいぶん昔からありました。しかも、毎日のように続けられてきました。フィンランドでは凍った湖に穴を開けて入ります。比叡山では、千日回峰行を歩む天台宗の僧が、日々の務めとして水行を重ねます。こうした伝統のなかで、冷たさが体の内側で何を起こしているのかを知っていた人はいません。それを細胞ひとつの単位で見られるようになったのは、ごく最近のことです。



01  寒さが動かすもの

冷たい水は、ただ「冷たい」と感じさせるだけではありません。フィンランドの湖に入る人たちも、比叡山の僧も、知らないうちにある組織のスイッチを入れていました。

褐色脂肪です。

●   褐色脂肪は、エネルギーをためずに燃やします。生まれたばかりの赤ちゃんはまだ震えることができず、そのかわりに褐色脂肪で体を温めています。大人になっても首まわりや鎖骨のあたりに少し残っていて、脂肪や糖をためこむのではなく、燃やして熱に変えます。そのスイッチを入れるのが寒さです。

●   くり返すうちに、体のほうが変わります。ある研究では、約15℃の部屋で1日6時間、10日間を過ごしてもらいました。参加者の褐色脂肪は活発になり、震えずに熱をつくる力が高まりました。最終日には、同じ部屋が初日より暖かく感じられたと報告しています。寒さに耐えたのではなく、寒さに合わせて体が変わったのです。

  これらはすべて、ひとつの分子の上で起きています。NAD⁺という分子です。熱をつくること、脂肪を燃やすこと、寒さに慣れること。どれも同じ分子を使います。寒さは、この分子をつくる酵素の働きを高めます。次の章では、皮膚から細胞の中まで、その流れをたどります。



02  すべての中心にある分子

NAD⁺は、細胞が何かを修復するとき、何かをつくるとき、エネルギーを生み出すときに必ず使われる分子です。体のほとんどの働きは、これなしには成り立ちません。下の図が全体像です。

 

図の1〜6:寒さが始めること

1.   冷たい水が皮膚に触れると、褐色脂肪が働き始めます。

2.   その細胞のなかで、AMPKというセンサーが動き出します。

3.   AMPKは、細胞が忙しく働いてエネルギーが足りなくなったときに反応するセンサー。

4.   AMPKは、NAD⁺をつくる酵素NAMPTの働きを高めます。10,11

5.   NAD⁺が増えるとミトコンドリアが増え、ミトコンドリアが増えるとATPが増えます。

6.   ATPは、筋肉を動かすことから傷を治すことまで、体が使うエネルギーそのものです。

 

図の下の輪:NAD⁺はくり返し使われます。 細胞は、NAD⁺を使うたびに一からつくり直しているわけではありません。使い終わったNAD⁺からはニコチンアミド(NAM)という断片が残り、NAMPTがそれをNMNに変え、NMNがふたたびNAD⁺に戻ります。この輪のなかでいちばん遅いのがNAMPTで、そこが全体の速さを決めるボトルネックになります。年齢とともにNAMPTは減っていくため、輪の回り方もゆっくりになります。なお、NMNは体にとって外から来た物質ではありません。細胞のなかで、毎秒何千回とつくられているものです。また、NAD⁺のすべてがATPになるわけではなく、傷ついたDNAを修復する酵素が直接使っている分もあります。


人で確かめられていること。 ヒトを対象とした研究では、寒冷刺激によって鎖骨の上あたりの脂肪でNAMPTが増えることが確認されています。大人の褐色脂肪がある場所です。2



03  これが、あなたにとって意味すること


アスリートである必要はありません。寒さが働きかけるのは、誰の体にもある仕組みです。

それぞれの研究で、どれくらいの寒さだったか


この記事で紹介している研究は、条件がまったく異なります。同じものとして扱うことはできません。


  • 30〜90秒。いつものシャワーの最後に冷水を浴びる。30日間毎日、3,018人。結果は、仕事を休んだ日数が29%減少。ただし体調を崩した日数そのものは変わっていません。減ったのは休んだ日数です。30秒でも90秒と同じ結果でした。7

  • 5分間。20℃の水に1回入る。33人。結果は、その後に頭がはっきりして不安が減ったと感じた、というものでした。6

  • 1日6時間、10日間。約15℃の部屋で過ごす。結果は、褐色脂肪が活発になり、震えずにつくる熱が増えたことでした。1

  • 10日間。14〜15℃の部屋で過ごす。2型糖尿病の8人。結果は、インスリン感受性が約43%改善。ただし研究者は、その多くを褐色脂肪ではなく筋肉によるものと考えています。震えない程度の弱い寒さで行った別の研究では、改善は見られませんでした。3,4,5


最初のものが、この記事がすすめている日々の習慣です。あとの3つは、もっと強い刺激を与えたときに体に何ができるのかを示しています。



04  NMNは、どこに関わるのか

細胞には、NAD⁺という物質のたくわえがあります。 お風呂のお湯だと思ってください。

蛇口は、体がNAD⁺をつくる働きです。NAMPTという酵素を使って、細胞は一日じゅうNAD⁺をつくり続けています。

排水口は、体がNAD⁺を使う働きです。修復も、片づけも、エネルギーづくりも、少しずつNAD⁺を使います。なかでもCD38という酵素は、かなりの量を使います。

お湯の量は、いまどれだけNAD⁺が使える状態にあるかを表します。この量はじっとしていません。注がれながら同時に流れ出ていて、その釣り合うところで落ち着きます。

年齢とともに、この釣り合いが変わります。 蛇口の勢いが弱まります。年々NAMPTが減っていくため、新しいNAD⁺が届くのが遅くなります。

同時にCD38の働きが活発になり、出ていく量が増えます。

入る量は減り、出る量は増える。お湯の量は、若いころより低いところで落ち着きます。

寒さは、蛇口をひらきます。 この記事の前半の図が示していたのは、このことです。冷たい水が皮膚に触れると細胞のなかで連鎖が起き、NAD⁺がより多くつくられます。

排水口のほうは変わっていません。CD38はこれまでどおり働いています。それでも入ってくる量が増えるので、お湯の量は上がります。

  • 明日の朝、シャワーの最後に30秒。

    それだけで始められます。

NMNは、外からお湯を足します。 お風呂を満たす方法は、蛇口だけではありません。NMNは細胞がNAD⁺をつくるときに使う材料のひとつで、飲むことで同じたくわえに外から加わります。ヒトでNAD⁺が増えることは、よく確かめられています。12,13


量を保つ道は二つ。蛇口をひらくか、外から足すか。両方を行ったときに何が起きるかは、まだ誰も測っていません。私たちがいちばん見てみたいのは、その研究です。



05  始め方

これは処方ではありません。始めるための目安です。


1.   小さく始める。 いつものシャワーの最後に、15〜30秒の冷水を。週に数回から。


2.   数週間かけて、毎日30〜90秒に。 シャワーの研究では、30秒でも90秒と同じ結果でした。7


3.   自分の感覚をものさしに。 寒冷順化の研究でいちばんはっきり現れた変化は、同じ寒さが楽に感じられるようになることでした。4週目が1週目より楽なら、体は変わっています。


4.   楽になりすぎないように。 目指すのは、震える回数がだんだん減っていくことです。褐色脂肪が仕事を引き受けるようになるからです。ただしそのためには、寒さがある程度しっかりしている必要があります。まったく震えない条件で行った研究では、インスリン感受性は改善しませんでした。我慢して痛みに耐える、という意味ではありません。4,5


5.   筋トレをしている方は、 トレーニング直後の数時間は冷水を避け、休養日に使ってください。


6.   NMNを飲んでいる方は、 毎日続けてください。同じ経路をふだんから支えるためのもので、一回の冷水シャワーの効果を高めるものではありません。


7.   数日ではなく、数週間。 測定できる変化が出た研究は、いずれも10日以上くり返しています。

 

水風呂もウェットスーツも要りません。もともと浴びるつもりだったシャワーに、30秒足すだけです。そのぶん、細胞は本来の働き方に少しだけ近づきます。毎日静かに自分を修復し続けている体にとって、悪くない取引だと思います。



  • 本シリーズでは、ひとつのテーマについて発表された臨床研究と動物実験を整理してご紹介しています。

  • 記事中の記述にはすべて出典があり、参考文献は末尾にまとめました。

参考文献

1. van der Lans AAJJ, Hoeks J, Brans B, et al. Cold acclimation recruits human brown fat and increases nonshivering thermogenesis. J Clin Invest. 2013;123(8):3395–3403.

2. Yamaguchi S, Franczyk MP, Chondronikola M, et al. Adipose tissue NAD+ biosynthesis is required for regulating adaptive thermogenesis and whole-body energy homeostasis in mice. Proc Natl Acad Sci U S A. 2019;116(47):23822–23828.

3. Hanssen MJW, Hoeks J, Brans B, et al. Short-term cold acclimation improves insulin sensitivity in patients with type 2 diabetes mellitus. Nat Med. 2015;21(8):863–865.

4. Remie CME, Moonen MPB, Roumans KHM, et al. Metabolic responses to mild cold acclimation in type 2 diabetes patients. Nat Commun. 2021;12:1516.

5. Sellers AJ, van Beek SMM, et al. Cold acclimation with shivering improves metabolic health in adults with overweight or obesity. Nat Metab. 2024. doi:10.1038/s42255-024-01172-y

6. Yankouskaya A, Williamson R, Stacey C, Totman JJ, Massey H. Short-term head-out whole-body cold-water immersion facilitates positive affect and increases interaction between large-scale brain networks. Biology (Basel). 2023;12(2):211.

7. Buijze GA, Sierevelt IN, van der Heijden BCJM, Dijkgraaf MG, Frings-Dresen MHW. The effect of cold showering on health and work: a randomized controlled trial. PLOS ONE. 2016;11(9):e0161749.

8. Roberts LA, Raastad T, Markworth JF, et al. Post-exercise cold water immersion attenuates acute anabolic signalling and long-term adaptations in muscle to strength training. J Physiol. 2015;593(18):4285–4301.

9. Piñero A, et al. Throwing cold water on muscle growth: a systematic review with meta-analysis of the effects of post-exercise cold water immersion on resistance training-induced hypertrophy. Eur J Sport Sci. 2024.

10. Cantó C, Gerhart-Hines Z, Feige JN, et al. AMPK regulates energy expenditure by modulating NAD+ metabolism and SIRT1 activity. Nature. 2009;458(7241):1056–1060.

11. Jäger S, Handschin C, St-Pierre J, Spiegelman BM. AMP-activated protein kinase (AMPK) action in skeletal muscle via direct phosphorylation of PGC-1α. Proc Natl Acad Sci U S A. 2007;104(29):12017–12022.

12. Yamaguchi S, Irie J, Mitsuishi M, et al. Safety and efficacy of long-term nicotinamide mononucleotide supplementation on metabolism, sleep, and NAD+ biosynthesis in healthy, middle-aged Japanese men. Endocr J. 2024;71(2):153–169.

13. NAD+ precursor supplementation in human ageing: clinical evidence and challenges. Nat Metab. 2025;7:1974–1990.

 

TA MEDICAL ・ NAD+リサーチシリーズ ・ Vol.04/全12回

 
 
bottom of page