脳に必要なものが、静かに減り続けている (Vol.03)
- 5月13日
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更新日:5月21日
NAD⁺の低下は、老化する脳に何をもたらすのか。科学が示していること、そして研究者たちが注目する「ライフスタイル」という鍵。
TA Medical 研究チーム · 5 分で読めます · 脳の健康と⻑寿科学

いま、アメリカ、⽇本、ヨーロッパ、オーストラリアの神経科学研究室では、ある議論が続いています。それは、私たちの体にとって極めて重要な分⼦について、そして⻑年明確な答えが出ていない問いについてです。その分⼦とは NAD⁺。そして問いとは、「NAD⁺を回復させることで、⽼化する脳を守ることができるのか」というものです。この問題が⼀⾒シンプルに⾒えながら、実際には⾮常に複雑である理由は、⾎流と脳内のニューロンとの間に存在する仕組みに深く関係しています。
01 あなたの体で、
最もエネルギーを消費する臓器
脳は体重のわずか約 2 パーセントしか占めていないにもかかわらず、体が生み出すエネル
ギーのおよそ 20 パーセントを消費しています。思考を巡らせること、記憶を呼び起こすこ
と、集中力を維持すること——そのすべては、ニューロン内のミトコンドリアが絶えず生
み出す細胞エネルギーによって支えられています。NAD⁺は、その仕組みの中心に存在し
ています。ミトコンドリアによるエネルギー産生を支え、ニューロンがストレスや損傷に
どう応答するかを調節するサーチュインタンパク質を活性化し、さらに神経細胞の DNA
損傷を修復するシステムにも関わっています。
50代を迎えるころには、多くの人のNAD⁺量は20代の頃のおよそ半分にまで低下していると考えられています。これは小さな変化ではなく、脳のメンテナンスシステムを維持するための重要な資源が、大きく減少しているということを意味します。アルツハイマー病や加齢による認知機能低下を研究する研究者たちは、このNAD⁺の低下を、老化した脳がより脆弱になっていく背景要因のひとつとして注目しています。
02 動物実験が示してきたこと
アルツハイマー病のマウスモデルでは、NMN の投与による記憶力と学習能力が改善されること、ニューロンへのダメージに関わる神経炎症が抑制されること、老化した脳細胞内のミトコンドリア機能が保たれること、認知機能の低下と最も密接に関連するタンパク質の蓄積が遅くなること、などが示されています。記憶の形成に最も重要で、老化による影響を最も受けやすい海馬のニューロンについても、NMN を投与しなかったグループと比べて意味のある保護効果が確認されています。こうした知見が複数の独立した研究グループにわたって一貫して報告されており、脳の老化が NAD⁺研究の最も活発な最前線のひとつである理由です。

脳への影響 | 動物実験での知見 | 現在人での研究状況 |
記憶力・学習能力 | 複数のモデルで有望な結果 | ヒト試験では結果にばらつき |
神経炎症 | 一貫して抑制 | メカニズムを解析中 |
ミトコンドリア機能 | 老化モデルで保護効果 | 脳への到達性は未解明 |
海馬ニューロン | 老化研究で保護効果 | ヒトでの脳画像研究が進行中 |
血中NAD⁺の上昇 | 動物研究で上昇を確認 | ヒト試験でも一貫して確認 |
脳を守る「関所」——血液脳関門とは何か
脳は、体の中で最も守られた臓器です。血液は全身を流れて栄養素や酸素をあらゆる細胞に届けていますが、脳に入るものについては特別に厳しい審査があります。脳の血管を覆う非常に細かい細胞の層——これが「血液脳関門」と呼ばれる仕組みです。この関門は、有害な物質や病原体が脳に侵入するのを防ぐために存在しています。しかし同時に、薬や栄養素など本来届けたいものまでブロックしてしまうことがあります。通過できるかどうかは、その分子の大きさ、形、そして脂溶性——油に溶けやすいかどうか——によって大きく異なります。この関門の仕組みはマウスもヒトも基本的に同じですが、ではなぜマウスの実験結果がヒトにそのまま当てはまらないのか。理由は関門そのものではなく、その先にある環境の違いにあります。研究で使われるマウスは多くの場合、若く健康で、食事・睡眠・ストレスが厳密に管理された環境に置かれています。投与量も体重比で換算するとヒトの数倍に相当することが多く、代謝速度もはるかに速いため、NAD⁺の産生と利用のサイクルも速いのです。さらに動物実験では、投与後に脳組織を直接採取して測定できますが、ヒトでは血液中のNAD⁺を測定するしか方法がなく、脳内で何が起きているかを直接確認することが難しいのです。つまり問題は「関門を通れるかどうか」ではなく、「通った先の脳が、届いたNAD⁺を十分に活用できる状態にあるかどうか」なのです。
03 全体像がより複雑になるところ
動物実験のデータは印象的です。しかし先述の通り、マウスとヒトでは実験条件も代謝速度も大きく異なり、脳内で何が起きているかを直接測定する方法もまだ限られています。ヒトの試験では、NMNが血中のNAD⁺を一貫して高めることは確認されています。しかし血液と脳は同じ区画ではありません——その上昇がどれだけニューロンに直接届いているかは、まだ十分に解明されていないのです。

現在の科学が示していること ヒトの試験では、NMNを摂取することで血中のNAD⁺が上昇することは一貫して確認されています。そのNAD⁺が脳内でどれだけ活かされるかは、脳がその時点でどのような状態にあるか——炎症レベル、ミトコンドリアの健康状態、そして日々の生活習慣によって形成された細胞環境——によって大きく変わる可能性があります。言い換えれば、NMNは脳への燃料補給を助けていますが、その燃料が最大限に活かされるかどうかは、脳側の「受け入れ態勢」にかかっているのです。これは、NMNの摂取をやめる理由ではなく、どのような条件を整えれば、NMNが脳に対してより効果的に働くのか——それを解明することが、研究者たちが今まさに取り組んでいる問いなのです。 |
研究者たちは現在、NMNによるNAD⁺の上昇が、脳をはじめとする体内のさまざまな組織にどのような影響をもたらすのかを、より深く理解しようと取り組んでいます。現時点のエビデンスはまた、睡眠・運動・炎症状態・全体的な代謝の健康が、細胞がNAD⁺を修復・エネルギー産生・維持のためにどれだけ効果的に活用できるかに影響する可能性を示唆しています。これが、次のセクションで見ていく核心です。
04 重要な条件とは何か
研究が一貫して示しているのは、NAD⁺の上昇が脳を含む体全体で意味ある生物学的な効果をもたらすかどうかを決める、四つの基本的な条件です。
![]() | 体を動かすこと。運動は、体内のNAD⁺代謝を活性化する最も強力な方法のひとつです。身体に負荷がかかることで、AMPK——NAD⁺の産生と利用を直接促進する細胞のエネルギーセンサー——が活性化されます。脳に対しても、運動は脳血流を増加させ、神経炎症を抑え、ニューロンの生存や新たなシナプス形成を支えるBDNFの産生を促進します。細胞修復の需要がほとんど生まれていない体では、補充されたNAD⁺も十分に活用されにくくなります。 |
![]() | 炎症を抑えること。CD38——炎症シグナルによって活性化される酵素——は、体内でNAD⁺を大量に消費する主要な因子のひとつです。慢性的な軽度炎症が続くと、CD38は活性化された状態が続き、サプリメントで補ったNAD⁺も消費されやすくなります。未加工に近い食品を中心に、精製糖を控え、植物性食品を多様に取り入れた食事は、この消耗に対抗する助けとなります。同時に、認知機能の老化にも深く関わる神経炎症を抑えることにもつながります。 |
![]() | 睡眠の質を高めること。深い睡眠中、脳では細胞メンテナンスの多くが行われています。グリンパティック系による代謝老廃物の排出、DNA修復、そしてNAD⁺に依存した回復プロセスも、この時間帯に最も活発になります。慢性的な睡眠不足は、単に疲労を残すだけではありません。脳の修復システムを常に遅れた状態に置き続けてしまいます。サプリメントだけで、睡眠不足による影響を補うことはできません。 |
![]() | NAD⁺の消耗を減らすこと。過度の飲酒、慢性的なストレス、身体活動を伴わない高カロリー摂取は、いずれもNAD⁺を積極的に消耗させます。NMNは、その過剰な消耗を引き起こしている要因にも同時に対処しているとき、より効果的に働く可能性があります。 |
05 ひとつのシステムとして考える
研究が示しているのは、単一の要素ではなく、相互につながった「ひとつのシステム」です。運動は、補充されたNAD⁺を必要とする状態を生み出します。食事と睡眠は、その供給を守り、消耗を抑えます。そしてNMNは、老化や現代の生活によって失われていくものを補います。それぞれの要素は互いに作用し合い、全体として働いています。動物実験とヒト試験の間に見られる差も、生物学そのものの限界というより、現実の生活環境や生活習慣のばらつきを反映している可能性があります。
THE FRAMEWORK ・まとめると NMNは、老化によって失われていくNAD⁺を補います。運動は、そのNAD⁺を生物学的に意味ある形で活用するための需要を生み出します。食事と睡眠は、その供給を守り、消耗を抑えます。 重要なのは、単にNAD⁺を増やすことだけではありません。脳細胞そのものが、損傷を修復し、ミトコンドリアを維持し、そのエネルギーを適切に活用できる状態に保たれている必要があるのです。 |
06 研究はどこへ向かっているか
生きたヒトの脳内でNAD⁺を直接測定できる可能性のある、新しい神経画像技術の開発が進められています。これは、血中の測定値と、実際にニューロン内部で起きている変化とのギャップを埋めるためのものです。現在、複数の研究グループが、NMN補充そのものだけでなく、睡眠、運動、炎症、代謝状態といった生活条件が脳の反応にどのような影響を与えるのかを調べる研究を進めています。研究が向かっているのは、「NAD⁺は脳の健康に意味がない」という方向ではありません。むしろ、どのような条件下で最も大きな効果を発揮し得るのかを、より深く理解しようとする方向です。科学は、まだ発展途上にあります。しかし、脳の老化は、かつて考えられていたほど固定されたものではないのかもしれません。
科学は、いまもなお発展を続けている。脳の老化は、かつて考えられていたほど固定されたものではないのかもしれない。

KEY RESEARCH REFERENCES
Foundational NAD⁺ & Brain Aging Research
Verdin E. (2015). NAD⁺ in aging, metabolism, and neurodegeneration. Science, 350(6265), 1208–1213.
Rajman L., Chwalek K. & Sinclair D.A. (2018). Therapeutic potential of NAD-boosting molecules. Cell Metabolism, 27(3), 529–547.
NMN & Brain / Neurodegeneration Research
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Mills K.F. et al. (2022). Oral NMN increases brain NAD⁺ in animal models. Nutrients / MDPI.
Human Clinical & Translational Research
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2025 Systematic Review of NAD Precursors in Cognitive Disease Models. Animal evidence for neuroprotection appears promising, while human cognitive outcomes remain under investigation.
This article is for educational and informational purposes only. It reflects published peer-reviewed research and is not intended as medical advice. Please consult a healthcare professional for personal health decisions.
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